シクラメンのかおり

シクラメンのかおりのような、ほのかな情報を団塊世代そして同世代にお届けします。

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泣いたり、笑ったり

夏おんな、夏だけは元気なうちのおばあちゃん
このところ祖母の食欲が落ちはじめ、
できるだけ夕食時の介助に行くようにしています

この5年、いちども見舞いに来なかった父が、
先日、やっと来ました
6月ごろわたしは父に手紙を書き、
「犬がいて手が離せないから、という理由で
おばあちゃんのところに来れない、というのは
金輪際わたしには、言わないでいただきたい」とキッパリ伝えました

その後父は、「一番かわいい犬は死んだんだよ
 今いる犬のことはどうでもいいんだ
 (だから??なに?)
  近いうちに、顔を見に行くから…」と電話をくれました
どんなイヌなんだかわかりませんが…

20100807090818.jpg

これも父一流のてれ隠しなんだろう、75歳だし

その日、父は5時過ぎにおばあちゃんのホームに着き
30分ちかく、親子水入らずで過ごした様子です
ところが、私が行くといつにも増して「ぼーっ」とした祖母のかお、
    
父いわく、
「おばあちゃんはね、わたしが誰だか、わからなかったようだよ。お前が来るまでは」
(こういう言い方をする父なのです)
すっかり白髪、頭皮が透けて見えるほどの老けこんだおじいさんをみて、
わが子だとは分からなくなっていたみたいです

そのうちに様子が飲みこめたのか。祖母は何とも言えない、
くちゃっとした表情で、泣いているのか笑っているのか…


20100807090432.jpg


私たち三人は、祖母の「モガ」だった頃の写真を綴るアルバムをみました
すごいミンクのコートを着て、サングラスをかけた若い女性、
かなり美人、これがおばあちゃん?と見比べてしまいます

くりくり頭の、小学生の父
二重橋のまえに並んで立っている、祖母と大叔父、
だれだかわからない女性たち、
昭和20年代か30年代としては、派手な暮らしをしていたのでしょうけれど
私にはまったく生活の記憶がない写真ばかりでした

20100821223051.jpg

今も残る、新宿の「どん底」
私が通った中学校は、このすぐ近くにありますが
その頃には、もうミンクのコートはうちにはありませんでした

さて、父としては「なんかしゃべってほしい」と思っていたのでしょうが
祖母は最後までしゃべらず
「う~~っ」と声を出しただけでした

それでも父と祖母はお互いの顔が見られてうれしそうでした
帰りに近くのすし屋に父を誘い、
すこしだけお小遣いを包み
西日暮里まで車で送り、
父は飯能まで帰って行きました
わたしも親孝行をした気分に浸りました
【おわり】


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 [ 2010/10/09 00:17 ]  ホーム日記 | TB(0) | コメント(2)
親子は、言葉ではなく心で話しているのです。
母を亡くして父との2人の生活では、父が元気な内は喧嘩ばかりだった。父が老衰で寝付いてから「お前にこんなに世話になるとは思わなかった。有難う」と今まで聞いたことがない言葉を言われた時の気持ち・・・。父が残した短歌には、母への思いと老後の不安が一杯だった。一歩一歩老いを感じる歳になり、その気持ちが判って来たこの頃。
お父さんとおばあちゃん、シクラメンさんとお父さん、言葉が少なくっても判り合えているですね。親子だもん。
[ 2010/10/09 09:19 ] [ 編集 ]
ヒナさん、
コメントありがとうございます
おばあちゃんの書いたお習字、
「どら息子」が、施設で
とってもウケてます
父に見せなきゃ
[ 2010/10/19 15:15 ] [ 編集 ]
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Author:シクラメンのかおり
こんにちは!
「シクラメンのかおり」は、団塊世代の方々との交流で作っていただいたブログ。自分自身は1970-80年代に青春を謳歌した(はずだった)世代です。まだまだ、遊びたい盛り、いろんな町に出かけてみたい。皆さんも同じでしょ。

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