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このところ日曜ごとに近くの銭湯に行ってます。

歩いて5分ぐらいのところに「梅の湯」があって時々行ってたのですが、ちょっと湯が熱い。
今は少し遠いけど近所では有名な「タカラ湯」「大黒湯」まで行ってます。

タカラ湯は薬草湯やびりびりする電気湯、ラジウム泉湯などがあります。外の看板に書いてある「ペンギン湯」が何のことだか、数回通っただけなのでまだわかりません。
またここには富士山の絵はなく、かわりに奥入瀬渓流の絵が小さく書かれています。

昨日はもっと有名な、キングオブセントウと呼ばれてる(?)大黒湯に行きました。
天井の格子に絵がかかれてあるというので、二条城のようなものかなと期待しましたが、思ったより素朴な絵で、しかもうっすらとしか残っていませんでした。

でもここには露天風呂があるんです。
どちらのお湯も、とってもあったまる。銭湯大好き。でもすっぴんで鼻の頭を赤くして歩いて帰る姿は、知り合いには見せたくないですね。

お酉様の時期になるとなんとなく銭湯の湯気が恋しくなってきます。子どもの頃は毎日通っていたのに、真夏の湯の記憶って、ないですねえ。

あーさむい寒い、といいながら帰りにおでんを食べさせてもらう晩秋の楽しみが記憶に残ってます。
その頃。一番近くのお風呂やさんが火事で焼けたことがありました
もちろん見に行きました。三の酉の年だったのかなあ。
火の粉がすぐ近くまで飛んできて、路地から大通りにまで真っ赤になるような、ものすごく大きな火事でした。

そのお風呂屋には私より少し年下の姉弟がいて、上の女の子は私と同じ小学校に通ってました。
どういういきさつだったか、女の子に「お引越しするの。どうもありがとうございました」とあいさつされたのです。

子どもごころにも火事で焼け出されたことの重さを感じたのか、その子も私も、わんわん泣きました。親しくもなく、お互いにまだ低学年ぐらいだったのに。今も悲しい思いがよみがえります。

当時はお風呂屋さんの壁や窓ガラスには映画のポスターが貼ってあって、
「ローズマリーの赤ちゃん」やら「赤頭巾ちゃん気をつけて」とかでした。
それにはおとなになったら観にいこう、と思わせる魅力がありました。

中学に入る頃かその少し後まで、お風呂に通ってました。
当時は内風呂のある家は多くなく(申し遅れましたが新大久保というところに住んでました)
小学校で仲良しになると

「どこのお風呂屋さんに行ってるの?こんど一緒に行こう?」なんて会話をしてた記憶があります。

週のほとんどは祖父に連れられて男湯へ。たまに祖母が連れて行ってくれると、体を洗う順番とか「耳の横も」とか、お湯を撒き散らさないだとか、いろいろ教わってました。

あるとき、ひとりでお風呂屋さんに行くことになりました。
ところが入り口で、男湯か女湯か、どっちに入っていいのかわからくなったのです。
ずいぶん悩んだけど選んだのは男湯。なぜか女湯が怖かったのです。なぜだろう?
ひととおり洗って出ることには、自分の選択は多分間違いだったんだと思いながら、ひとり銭湯初体験は終わりました。その後はひとりでも女湯に入ってます。
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2007.12.17 Mon l 団塊ウォッチャーとして生きる l コメント (0) トラックバック (0) l top

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