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子ども時代の思い出シリーズになってしまいますが。
幼稚園から小学生のころ、「喜文寿司」というお寿司やさんの隣に住んでいました。
うちは喫茶店をやっていて、お寿司屋さんはこの商店街の数軒の大家さんでした。

うちで邪魔にされると、
私はよくこのお寿司屋さんのおばあちゃんにかまってもらいに行き、
ついでにそこのうちの子供、トシ子ちゃんと遊んでいました。
トシ子ちゃんとの「お人形遊び」については改めて語りたいものがありますので、
ここではお寿司について書きたいと思います。

土曜日の昼ごはんは、喫茶店が忙しいのでいつも店屋もののきつねうどん
(月影兵庫がたべたかどうかはしらんけど、甲州屋というワニを買っていたお蕎麦屋さんでした)か、
隣のすし屋に入り込んでは「てっかまき!」をいただいてました。
テレビでは、デン助劇場がやっていたような記憶があります。
そのあと「指圧のココロは母ごころ、押せばいのちの泉湧く」というのも見てた気がします。

当時(40年ぐらい前)って、お寿司はトロよりも鉄火じゃなかったでしょうか?
いまは赤身、なんて言ってるけど、あれは本当は鉄火というのではなかった?
「鉄火丼」でしか使われなくなったことばですね。
ま、とにかく鉄火巻きが好きですきで、お醤油も付けずに食べてました。

そのほかお寿司と言えば。光りものは今もあまり好きじゃないのですが、
巻物のほかはアナゴとかエビ、シャコも食べていたような気がします。
シャコ、おいしいですよね。
過日、生のシャコを食べる機会があり、ありがたい、感謝の気持ちでいただきました。

昨年、静岡に行くことがありました。
なぜか「バケツ一杯シャコがとれる」という幻想を抱いて行ったのですが、
「最近はあがらないよ、シャコは。」と言われ、生シラスとタコをいただきました。
これもとってもおいしかったです。でも、おなかいっぱい、シャコを食べたい
それが今の私の夢です。

ここからがどうしても語りたい、団塊ウォッチャーの話です。
このお寿司やには、「じゅんちゃん、たけちゃん、みっちゃん」という、3人のお兄さんがいました。
この人たちからはしょっちゅう「結婚しよう」と言われてました。そういうことじゃなくって。

とにかく小学生だった私は、このお兄さんたちに本当に可愛がっていただきました。
少年マガジンなどのマンガを、いつも貸してくれたのもこの人たちでした。
3人いるとにぎやかで。寿司屋の2階の大広間で寝起きしてました。みんなやさしくて。
集団就職で、東京に出てきたお兄さんたちでした。
たけちゃんという、ちょっと先輩格の人は途中で腰を痛めてしまい、
うちの父(これもまた腰が悪くて)と二人して、体をくの字にまげて歩いてました。
みんな、時々田舎に帰ることはあっても、田舎から誰かが訪ねてくることはなかったように思います。
夜の10時になれば、店を掃除する「しゃー、しゃー」という音が聞こえてきて、次にGパンを冷たい水で洗っているのでした。

みんな、夢はかなったのでしょうか。
のれん分けで、お店が持てたのでしょうか。
今、どうしているんだろう。
喜文寿司は、今もかわらず昔と同じ場所にて営業中です。





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2008.06.09 Mon l 団塊ウォッチャーとして生きる l コメント (0) トラックバック (0) l top
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