シクラメンのかおり

シクラメンのかおりのような、ほのかな情報を団塊世代そして同世代にお届けします。

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銭湯の思い出ふたたび

先週末、けたたましいサイレンの音が響き、「また川の水が水位をこえたのかぁ」と思っていると、消防車のサイレンでした。
 去年11月のブログに「銭湯の思い出」を書き、これは自分でも一番気に入っているところなので、ご覧になっていない方は、ぜひそのページもご覧ください。

その中で、子ども時代に近所の銭湯が火事になり、そのうちの子どもとわんわん泣いた、悲しい思い出を書いてます。

さて冒頭の先週末のサイレンも
近所の銭湯が燃えたためでした
弁天湯というその銭湯。私は入ったことがないのですが、
友人が「チェルノブイリ被災児の日本での保養」という特別なボランティアをやっていた時、
金髪・青い目の美しい子供たちを必ず連れて行った、という私にとっても、心にかかるお湯なのでした。

今は、私の子ども時代とは違い、きちんと保険にも加入し生活保障はされているのでしょうが、
狭い町で、また銭湯を再開するとは、私には思えず残念。

赤毛のアンじゃないけれど、明日わが身に降りかかることなんてだれもわかりませんね。

ところで友人は、「銭湯の思い出」について
「男湯に連れて行ってもらうと、背中に入れ墨したおじさんが必ずいたのよね」とコメントを。
そうそう、青緑のような、オレンジのような、竜のような蛇のような、花だったり。
新大久保の町の銭湯でも、たくさんこんなお兄さんたちがいて、
私はうろうろしながら、じろじろ見まわってました。
怒られたことなど一度もなく、お兄さんたちにはちょこっと声をかけられたりして、
結構いい気分でした。
祖父もそんな私を叱ることはほとんどなく、面白がってたように思います。
銭湯のそばで喫茶店をやっていたこともあり、お客さんたちだったのかもしれません。
当時は入れ墨してるひとはいっぱいいて、
どこのお風呂屋さんでも「入れ墨お断り」なんて書いてなかった。
特別な業界の人、という感じはまったくしませんでした。

一番最近、入れ墨(刺青か?)を見たのは、10年ぐらい前。
スーパー銭湯の女湯で(さすがにもう男湯には入れまい…)。
左右の太ももにお揃いの「小さい赤いバラ」を彫った、女性カップルでした。
わたしもオトナになったので、じろじろ見るような失礼なことは致しませんでした。

ところで子どもだったころ、お兄さんたちは私にどんな言葉をかけていたのか?
今も昔もお調子もの、とは自覚してるけれども、
ちょっと想像したくない気がします。

ここは今も営業中!タカラ湯です
タカラ湯(1)

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千住のイベント「歌声喫茶」

普段お世話になってる団塊世代のグループ主催の「歌声喫茶」がありました。歌声喫茶
大学時代の友人を、朝、急に呼び出し、ほとんど何も説明しないまま、タイ料理食べ、タイビールをひっかけ、いい心持で昭和のテイストの喫茶店へ。
彼女の夫になった***氏とは、歌舞伎町のカチューシャによく行った仲間。なんどか彼女もいっしょだった記憶があります。
出かける時、彼氏***は、いろいろ講釈を述べていたようです。

さて、このグループ主催のイベントにはすでに常連のお客様がついており、
団塊世代よりちょっと上のお姉さまたちが多いようでした。
手作りの、とってもかわいい歌集には138曲も入っていて、
この日は「りんごの唄」「ローレライ」「芭蕉布」など、約20曲を、一部手話付きで歌いました。
サエラ歌声歌集

参加者の方に合わせた、リードさんの絶妙な語り!
スローテンポなマンドリン伴奏(友人は、「マンドリン習いたい!」と感激)
女性の高ーい歌声には、私は付いていけなかったけど、友人いわく「PTAのコーラス部みたい」
だそうです

ところで私たちは団塊世代の次の
「遅れてきた青年」とか「シラケ世代」に属し、
「新人類」よりも前の人類です。

こんな世代間のくくりって、あるのかなあと思いつつ、そういえば以前、団塊世代の女性たち3人が、
たまたま同じ講演会に来た時、
みんな黒のキルティングのショートコート、パッチワークのトートバッグに布製のペンケースでした。
さらにそのうちの二人の方は「子供が外国に留学中」で「最近、愛犬が死んだ」とか。
すっごーい。本人は意識せずとも、こんなことまで似てきちゃうのが、同世代ってもの??

ところでこの日の私たち。
まず、友人はこんな一日の展開について
「朝起きた時には、今日がどんな一日になるかなんて、だれにもわからないわね」
と、まったくもって「アンの世界」ふうのコメントを、もっと白けたムードで語りました。

「赤毛のアンの、ファンなんかじゃないのよお」とお互いに言いながら、
「次は三越のアン展行こう」とか、いい加減な行動をとる世代が、私たちです。
そして、「遠目にはどこのお嬢さんたちかと思ったよ」といわれるほど、
濃いめのジーンズ(ブーツカット、昔のベルボトム)に半そでカットソーに、ジャケット姿。
髪は肩までかかるかかからぬかというぐらいの、ちょっと若造りで、
そっくりないでたちなのでした。
もちろん、しめし合わせていたわけではありません。

ちょっとDEEPなオキナワへ(3)

金武町新開地
まずは、今回期待の「金武町(きんちょう)」へ。
キャンプ・シュワブ近くの「金武町」は、地元の人からはコザよりもちょっと怖い、と言われてます
何でなのかはわからないけれど、小さい街なので人の目が届かない、ってことでしょうか。キャンプに定住してる人が少ない、ってことでしょうか。
コザよりも人が少ないし、観光って感じじゃないのもよかったです

最近は、ロケ地としてもいい感じで、日本の中の異国、のように大事にされてるのではないでしょうか
タコスならぬタコライス(トルティーヤの代わりにごはんが敷いてあり、ミート、チーズ、野菜が乗ってる、とってもおいしいたべもの)発祥の地としても有名。

金武町、撮影でにぎわうこの感じ

ちょうど「ZUKAN」というバンドが、プロモーション・ビデオの撮影中でした。
フジテレビの「無理な恋愛」とかっていう番組にも出てるらしく、6月にメジャーデビューするのだそうです。
「一時半になったら公園で、また撮影するから出てくださいよ!」と、エキストラとして声をかけていただきました。帰りのヒコーキが心配で、ビデオには出られなかったけど、もったいなかったかも。
いつかZUkANが、超有名になったときには後悔するだろうなあ。

タコライスめあてに「キング・タコース」(キンタコ)に入ったら
ZUKANスタッフが、巨大タコライスを運び出すところでした。
キャンプの街、ひとときの楽しみを求める不夜城。
ポップでロックな、基地の町でした。
昼はかわいい街並みも、夜はまた、独特な別の顔を持つことでしょう。
この町には鍾乳洞もあって、一色ではない奥深さ。

ポップな金武町

【私流、定番オキナワ旅とは?】
10回も本島を旅すると、いろんな連れを案内することになります。ご案内する時の定番コースを、以下にご紹介します。

まずは沖縄戦への鎮魂をしなければ。そこはヒメユリではなく「旧海軍司令壕」。
いまだに霊気漂う空間で、太田中将の、沖縄決戦を決めた軍への訴状は、何度読んでも胸が詰まる。

次に「首里城」。美しく彩られた朱塗りの建物だけでなく、その周辺の町並みや公園、龍譚までを、ゆったりと巡ろう。
「那覇」の中心街(まちぐわぁー)、牧志公設市場とやちむん通り、国際通り。
「おきなわ屋」などメジャーな土産物屋では絶対買ってはいけない、わしたショップにしましょうねえ。GI払い下げ品も、冷やかしてみよう。
ヘリオス・ブルワリーで地ビールを飲み、パレットくもじ地下のモールで郷土料理をいただく。
ライブハウスと民謡酒場も、勇気を出して入ってみよう。
入ったらもう、出られなくなる。島人(しまんちゅ)と一緒に歌って踊らなければ。

テーマパークなら「琉球村」、ハブとマングースの決闘ショー、今はやっていないけれど、ハブ粉をむりやり飲まされるのも一興。みんな同じ顔に見えるおばあと踊ったりしゃべったり。

やんばるの入口、名護ではひんぷん(門扉のような?)ガジュマルにご挨拶し、キジムナーがほんとうにいるのか自分と語ろう。
オリオンビール工場でできたてビールをのみ、山羊汁もいただき、元気いっぱいで夜の徘徊に出よう。眠れなくなるから。
初代ネーネーズの「古謝美佐子」さんの店もありました。

そしてあなたが女性ならば、聖地久高島に渡ろう。
ひるは子ヤギと語らい星砂をあつめ、島のはしばしまでめぐってみよう。
よるは月明かりだけをたよりに散策しよう、静けさとしおかぜをからだに受けて。
(この島には、男性禁制の地区がたくさんあるから)
【ついでにお勧めの映画を】最近は沖縄映画はどうなってるのでしょうか。
大ヒットしたナビィの恋、ホテルハイビスカス、そして最高なのは、小林薫の「ウンタマ・ギルー」。オキナワの魅力、すべてが凝縮されてるような作品です。
 [ 2008/05/09 21:42 ]  たびのそら | TB(0) | コメント(0)

ちょっとDEEPなオキナワ旅行へ(2)

今回の旅行は、夜遊びナシ。
したがって本当のDEEPとは言えないかもしれません。

【初日 一番行きたいところ】

ひさびさのオキナワだったので、ゆいレールにも美ら海水族館にも行ってない。
水族館でもいくかなあ、とぼんやり思っていたものの、
本島上空を旋回し始めたころには
「やっぱり、コザにいこう!」と予定変更。

オキナワに行くのは今回でちょうど10回目ですが、本島ばっかり。
久高島という本島すぐ近くの島以外は、人気の離島にも行ったことがありません。
石垣島もいいんだろうなあ、と思いながらも
本島のチャンプル加減が根っから好きです。

なかでも好きなのが、コザ。
沖縄の本土復帰がたしか中学生のころ。その時から
沖縄=コザ市。
つまり「アメリカから日本へ」という転換と、沖縄のイメージが一体となっていて、
キャンプのある歴史がちらちらみえてこそ、わたしの沖縄です。
わたしの父方の故郷である、北九州市の門司港も、朝鮮戦争の頃は米兵の寄港地であったらしく、
子供のころ、門司港駅周辺に外国人向けのバーなどがたくさんあった記憶があります。
多少、そのイメージがかぶっているかもしれません。

Aサイン、ゲート、車の右側通行、ポーク(ランチョン・ミート)。
意味はよくわからないけれども、多感な中学生・高校生のころに漠然とした憧れをもっていた、聖地。

音楽はロックでも島唄でもなく、佐渡山豊の「ドゥチュイムニイ(独り言、だっけな?)」だわ。
オキナワ・フォーク村の村長で、忽然と消え、忽然と蘇り、今も精力的に活動してる。
2回目に沖縄に行った10年ほど前、タクシーのラジオからいきなりこの歌が流れ、びっくりしていると、
「あわもり 菊の露」のコマーシャルだった、そのくらいメジャーな人です。

ゲートどおり
コザ ゲート通り
さて、ゲート通り。公共施設「ミュージック・タウン」ができたにもかかわらず、以前にもまして閑散としてました。
コザの夜は10時から始まります。
まずはヤギ料理店で元気をつけてから、ライブハウス巡礼を始めます。

写真(下)にちょこっと見えるライブハウスは「ジャック・ナスティ」
コンディション・グリーンというバンドにいた、かっちゃん(が経営する店ですが、
がっちがちのハードロック、というほどでもなく、
観光客もおやじバンドも、私のようなフォーク・マイ・ラブ派も
すべてオッケーなパフォーマンスでハグしてくれる場所です。
何年か前までは、ディアマンテスの本拠地だった「パティ」という店もありました。
ロックのあとは民謡酒場。そんな夜遊びを楽しんだのも、だいぶ昔のこと。
昼間はさびしいコザですが、夜までさびしい街になっていないか、
近いうちにまたいかなくては。
ワルツ写真館、コザ
 [ 2008/05/07 20:54 ]  たびのそら | TB(0) | コメント(0)

オキナワ旅行へ(1)

ゴールデンウィーク前半を利用して、10回目近くになるオキナワ旅行をしてきました
【宿はどうだったか】
今回の宿は、東海岸の「カヌチャ・ベイアンドヴィラズ」、そして名護の「喜瀬別邸」
カヌチャは二回目、ジュゴンの棲むといわれてる入り江を通って、たどりつくところ。
このホテルよりほかに人が集まるところがないような「一軒宿」です。
敷地も部屋もゆったり広く、リゾートの魅力はたっぷりです
ゴルフなどのアウトドアメニューも、リラクゼーションも、レストランもたくさんあります
タイ式マッサージを受けたり、大浴場やジャグジーも利用してくつろぎました
ベランダから
ハイビー見ながらジャグジーも。ベランダで早朝に「アンの青春」読んでました。
施設内はカートか巡回バスで移動します。巡回バスは方向を間違えると20分ぐらい遠回りになってしまいます。

マッサージの後、9時頃。バスを待ってる時間が惜しくて歩き始めましたが、周囲は漆黒の闇。
バナナみたいな大きな木が風に揺れていて、ほかには音もしない。しかもちょっと寒い。
一瞬、「わたしはこんなところで事故にあって一生を終えるのだろうか…」と、
まるで「ちびまるこちゃん」のような思考回路で、恐怖が横切りました。

次のバス停の「ステーキハウス前」までは5.6分だけど。

歌舞伎町で産湯をつかった私は、雑踏の中の怖さからは、うまく逃げられるという
経験則があるのですが、闇はこわいなあ…

と、そこにちょうどバスが通りがかり、いっしょうけんめい手をふって乗せてもらいました。
でも乗客はわたし一人。

運転手さんは、去年板橋から仕事を求めて移住したとのこと、
「オキナワの女性は、旦那さんよりも親が大事、旦那の料理一品減らしても親をもてなす」のだそうで、早く東京に帰りたいと言ってました。
心細いときに、そんな話しないでほしいなあ。
あ、でも、それでもカヌチャはいいホテルです。明るくて安全で。

喜瀬別邸は一転して、ハイソな大人のリゾート。
喜瀬別邸

どこもかしこもきれいで静か 有名シェフのイタリア料理もいただきました
うーーーん、私としては、もっと解放感のある、そしてリーズナブルなところの方が、好きかな
【観光地めぐり?】
水族館、モノレール、博物館、そして世界遺産。
腰をいためてから行っていなかった5.6年で、沖縄はかなり変わった気がします。
入場無料だった今帰仁城はすっかり観光地になり、たくさんのユリが植えられ、
裏手まで入れるようになってます今帰仁城裏手
きれいだなあ。そして石積というひとの技に驚嘆します。
万座毛
恥ずかしながら、万座毛(上)は一度も行ったことがなかったのでした。やちむんの里、登り窯
焼き物は大好き、やちむんの里にもいきました。
つい財布のひもが緩み気がついたらボーナスの半分が消えていた(箱根でマイセンを購入、佐賀で有田と伊万里を購入)という段階から、すこし学習して、今回は目の保養を中心に。
薪で燃やす登り窯は、火入れをするたびに入口をふさぎ、また毀しするので、戸口はどこも傷んでました
また、若い職人さんがいっぱいいて、後継者不足に悩むことはなさそうでした。

【ここまではフツーの観光じゃないの?】
そう、でもここはオキナワ。次回、ディープなオキナワをご紹介します。




 [ 2008/05/06 10:26 ]  たびのそら | TB(0) | コメント(0)
プロフィール

シクラメンのかおり

Author:シクラメンのかおり
こんにちは!
「シクラメンのかおり」は、団塊世代の方々との交流で作っていただいたブログ。自分自身は1970-80年代に青春を謳歌した(はずだった)世代です。まだまだ、遊びたい盛り、いろんな町に出かけてみたい。皆さんも同じでしょ。

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